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大阪高等裁判所 昭和29年(ラ)178号 決定 1954年11月22日

抗告人 村沢由子(仮名)

右代理人弁護士 田代広(仮名)

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告理由は別紙のとおりである。

当裁判所が、記録を逐一精査して、本件につき判断するところは、原審判に示したところと同じであつて、原審が抗告人の云ふ如く、人情についての判断を誤つているものとは考へない。抗告人が疏明として提出した戸籍謄本によれば、本件事件本人の実父たる清二と、その後妻たる久子との間に、昭和二十九年○月○日次男二郎の出生したことが認められるけれども、諸般の事情を考へ合せてみるとき、将来は兎も角として、今直ちに、これがために、事件本人の親権者を、母たる抗告人に変更する必要あるものとは思はれない。

原審における右清二の訊問は、右次男出生の日の二日前たる同年同月○日になされたものであつて、もとよりその陳述は、右久子との間に子供の生れることを予測してなされたものであることは、見やすいところであり、又その陳述中には、新に生れてくる子供のことに触れているところもあるのであるから、右次男の生れたことによつて、右陳述後に清二の心境の変更を来たしているものと一概に考へることはできない。

その他原審判に違法の廉は認められないから、本件抗告は理由なく、これを棄却すべきものとし、費用の負担に付ては、民事訴訟法第八十九条に則り、主文のとおり決定する。

(裁判長判事 松村寿伝夫 判事 藤田弥太郎 判事 小泉敏次)

参照

抗告の理由

一、抗告人及相手方の各訊問結果を綜合すれば本件はダンスで知り合ひしかりそめの恋が結婚に進展したが所謂戦後派の結婚らしく簡単にして不用意なる離婚調停成立を見るに至つたけれども事件本人松田明を何れが監護教育するのが事件本人の幸福であるかを決定すべきところ相手方は新に妻を迎えたのであるから抗告人に親権者を変更するのが事件本人の幸福であるからその趣旨の申立をなしたものである

従つて通常の審判事件と異り事件本人の将来に取りては重大なる問題であるため原審に於ては長期間に亘り詳細なる調査と丁寧なる審判をなされたものであるけれども本件は理論的に割り切ることの出来ない人情余りに人間的な感情の問題を含むものであるから原審口頭弁論終結後新に別紙戸籍謄本記載の通り相手方に男子出生した以上は原審審判を取消し抗告の趣旨記載通りの審判を受けるのが妥当と信ずる次第である

二、原審に於ては抗告人は当初相手方の素行を誹謗するが如き主張をなし相手方も亦抗告人並其の母の素行及性質を攻撃して互に糞食え問答を重ねたる嫌あり斯る感情の昂ずるところ結局原審判御認定の通り家庭に人の和の認められる相手方一家の母及妹相手方本人に於て意地にでも抗告人の申立を却下せしめんとしたるに非らざるやの感あり将来末永く変更せざる心理を吐露したるものとは認め難く斯る感情より出でたる陳述では事件本人の一生を貫く重大なる問題を解決すべき根拠として薄弱なものと言はなければならない

三、そこで原審審判理由中に理論的に審判理由を記載せられて居る中に継母に育てられることは世の中に旧民法に言う継母子の間にうまく行かない実例のあることは裁判所にも顕著であるがしかし本件が其の実例に当るかどうかは将来のことで現在の状態では不明である而して相手方の現在の妻は相当の教育を受け小学校低学年生徒の教育に数年間従事して居るもので結婚に当りては事件本人の教育監護に協力すべきことを了解してゐるのであるから旧民法時代の継母子の間がうまく行かない場合に当るとは現在のところ断言出来ない旨判示せられ口頭弁論終結当時即ち昭和二十九年二月八日現在に於ける証拠に基いて理論的判断を示されたのである

しかし乍ら抗告人の申立は事件本人松田明の将来のため同人の将来の幸福のため理論では割り切り得ない余りに人間的なる将来の感情を惧えてゐるものでありこのことは原審判に於て右の如く現在のところ不明で断言出来ないと判断されてゐるところより原審判に於て将来の感情の変化を惧えられ居れることを窺知し得るのである

四、ところが皮肉にも原審審判口頭弁論終結後に於て別紙戸籍謄本記載の通り相手方と其の新妻との間に昭和二十九年○月○日男子が出生したのである、此の事実は原審判の中に将来は不明なりとされたる相手方及其妻等の心理の変化を来すこと経験法則上顕著なる新なる事柄であつて相当の教育を受けた者と雖も理論上の理性を以つては抑へ切れない余りに人間的なる感情に著しき変化を来す事実である換言すれば原審口頭弁論終結当時に於て相手方及其妻並母妹等に心境の変化を来すべき事情の変更で之が事件本人に対し現実幸福を増すべき新事態でないことは明白である

従つて此の点に於て原審審判を改め抗告の趣旨記載通り事件本人の将来の幸福のため御決定相成るを妥当と信ずる次第である

五、終戦後の社会の変化は治安上も教育上も母の愛を求めるや切なること日々の新聞紙上に於ても家庭裁判所少年審判部に於ても顕著な現象で深き母の愛なきところ幼少年は道を誤るに至り理論と法規を以つては之に対抗出来難いのであり、本件が必ずしも其例と断定出来難いとしても実母を離れて理論上の母の許に付かしめるのは不自然であり事件本人の将来の精神的幸福を来す所以ではない出来得べくんば理論上の愛情に浴せしむるよりは実母の自然の愛情に浴せしめるのが事件本人松田明の幸福である

そこで抗告人は実母として事件本人に対して愛情薄きかと言うに相手方本人も証言する通り事件本人を介して引取りに行つた位であり証人村沢一郎及抗告人の供述によれば可愛い子供を女の命として生き貫かんとし再婚を断念して忌しき世評に拘らず進んでバーを経営して事件本人のためにのみ生きんとして居り抗告人の愛情は誠に降る星の如くである之程根強き愛情はなく到底相手方及其の妻の理論上の愛情とは雲泥の差がある

而も盲愛でなく抗告人は幼稚園の育友の副会長をしてゐる位教育にも熱心であり抗告人の父は昭和○○年○月よりは民生委員を昭和○○年からは○○保護委員をなせる真面目なる家庭なること村沢一郎の証言する通りで家庭に於ける愛情も亦間然するところはない

以上を要するに原審は理論上教育上の見地より抗告人の申立を排斥せられたるも人間の心理余りに人間的なる情に付ての判断を誤りたるものである

その上に前記の如く事件本人の理論上の母には口頭弁論終結後に於て男子出生したのである従つて斯る事情の変更せる相手方の家庭に事件本人をやることは人間の心理感情の上より愈々妥当でないこととなりたる次第である

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